「日本書紀」の記載によると、本年(平成十二年)西暦二〇〇〇年は、八幡さま(応神天皇=誉田別尊)がお生まれになってから、一八〇〇年と言う記念すべき節目の年に当ります。
当地域の街道は天喜五年(一〇五七年)源頼義、義家父子が奥州鎮定におもむいた時、多摩川六郷の渡しを通り、八幡塚(六郷神社)の杉の木に白旗をかかげて戦勝祈願をしたと伝えられ、又徳川家康が江戸入府以来東西の交通の要衝として急激に開発が進み、慶長五年(一六〇〇年)関ヶ原に出陣した時にも、この街道を通ったのであります。
当蒲田八幡神社の境内には古代の遺跡があって、斎祀が行われていたと伝承されていました。
すでに蒲田の村落が形成されていましたが慶長五年に分村して、北蒲田と新宿とになるに当り、古代からの斎場に、鎮守「新宿八幡神社」として「 田神社」=『和銅二年(七〇九年)創建』より御分霊を迎えて氏神様として尊崇を受けてきました。昭和二十四年八月新宿八幡神社を改め、蒲田八幡神社と称えることになり、氏子中の繁栄と激動の時代を常に守護されてまいりました。
本年は、慶長五年(一六〇〇年)より御創建四〇〇年祭を迎えるに当り、記念事業を興して奉祝例大祭を執り行ないました。
平成十二年八月吉日
宮司 上野喜信
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